今回は漫画は無し、前回のお話の後日談です。
母がスマホデビューして、しばらく経ちました。電話をかける、電話を切る。完璧とは言えないけど、そこまではなんとか覚えられました。
でも、いまだに「変な画面が出た、怖い!」「これ、どうしたらいい?」とスマホを手に、血相を変えて見せにくることも度々あり、そのつど、余計な通知を消したり、これは広告だから大丈夫と説明したりしています。
あるとき母の部屋に買ってきたと思われるスマホの本がありました。
「いちばんわかりやすい高齢者向けのスマホの使い方」
そんな感じのタイトルだったと思います。本人なりに、ちゃんと覚えようと思ったのでしょう。
ところが、その本。今ではすっかり、ほこりをかぶっています。
そこで、ふと思いました。これって、母の努力が足りないという話なんだろうかと。
そもそも、こんなに「わからないもの」が次々と出てくる機械を持たせておいて、家族が「教えてあげましょう」「サポートしましょう」で済ませていいのでしょうか…。

「高齢者向け」なのに、なぜこんなに複雑なのか
高齢者向けのスマホというと、文字やボタンが大きくなっていたり、操作がわかりやすく工夫されていたりします。もちろん、それは大切なことです。
でも、突然「あなたのスマホは危険です」といった広告が出てきたり、必要のないニュースが通知されたり、よくわからない画面が表示されたりすれば、使う側、特に母のような高齢者は困ってしまうでしょう。
スマホは、できることが多いほど便利です。でも、高齢者にとっては「できることが多い=使いやすい」とは限りません。
むしろ、できることが多いからこそ、間違える可能性も高くなります。
たとえば、電話をかける相手が家族や友達など、登録した人にだけ電話ができれば十分かもしれません。
インターネットも、広告も、ニュースも、なくても困らない人はたくさんいるはずです。
昔、子ども向けに、そのような携帯電話が発売されていました。ボタンを押せば登録した家族だけにつながる。そんなシンプルな仕組みです。
スマホが一般的になってから随分たちましたが、こういう「できることを最小限に減らした電話」が、もっとあってもいいのではないかと思います。

家族が頑張らなくても済む電話を
高齢者がスマホを使えるようになるために、高齢者向けのスマホ教室に行ったり、家族に教えてもらう人もいるでしょう。
ですが、教えてくれる家族がいなかったり、耳が聞こえづらかったり、歩くことに不安があったりすれば、教室に通うこと自体がハードルになります。
ましてや、離れて暮らしていれば、「その画面を写真に撮って送って」と言うだけでも一苦労です。
母の場合も、本人なりに使おうとしていましたが、それでも、うまくいきませんでした。
だったら、「高齢者がスマホに合わせる」のではなく、「スマホのほうを高齢者に合わせる」という考え方があってもいいと思います。
「できることを増やす」のではなく、「間違える可能性を減らす」。
家族が頑張って教え続けなくても済むような電話を、最初から作る。
そんな電話があったら、たとえちょっと高くても、私は母に持たせたいです。
一人では出歩けない母にとって、電話は家族以外と直接繋がれる大事なツールです。
母が元気なうちに、どなたか作ってくれないでしょうか…。
