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Webデザイナーへの道のり⑥【個人事業主時代 その1】

Webと私と私とWebと

minako

はじめての「報酬」

しばらくは子ども中心の生活でしたが、下の子が小学校に入学する頃になると、まわりのママ友たちも少しずつ外に出て働き始めました。

私も何か始めなければと思うようになりましたが、何をすればいいのかさっぱりわかりません。

いろいろ考えてみたものの、飽きっぽい性格の私に、スーパーの仕事や単調な事務作業が続けられるだろうかという不安がありました。
それに、どうせ働くなら、長く続けられる仕事がしたい。

では、私が飽きずに続けられることは何だろう。
そう自問自答した末にたどり着いた答えが、「パソコン」でした。

子育て中で外にあまり出られなかった時、素材作成をしたり、ショッピングをしたり、楽しみといえばパソコンを使うことばかりでした。
時間を忘れて夢中になれることは、これしかないと思いました。

とはいえ、数年ぶりの就業です。その間に、仕事で使われるツールや環境は大きく変わっていました。
再び働き始めるために、まず覚えなければならなかったものの一つに、「Eメール」がありました。

プライベートではメールを使っていたものの、ビジネスメールの書き方はまったくわかりません。
早速、個人でレッスンをされている方(今でいうココナラのようなサービス)に連絡をとり、たしか全5回ほど、メールのやり取りを通じて基礎を習いました。

その後、イラストの仕事をグループで請け負っている小規模な事業者に登録しました。

そこで初めて担当したのは、雑誌の挿絵のイラストです。残念ながら、その作品は元受けの都合で採用には至りませんでした。それでも「気持ちだけですが」といただいた報酬が、250円。

これが、私が自分の力で得た最初の報酬でした。

たとえ採用されたとしても、下請けのさらに下請けのような立場だったため、イラストだけでは大した収入になりません。そもそも業界にコネもツテもなく、何をどうすれば仕事につながるのかもわからない状態でした。

まだ「在宅ワーク」という言葉さえ一般的ではなかった頃の話です。

そんななかで見つけたのが、女性だけで構成されたSOHO*グループの募集でした。ダメ元で応募したところ、テストに合格し、メンバーとして採用していただくことになりました。
*自宅や小さな部屋をオフィス代わりにして働くスタイルのこと

はじめての「冷や汗体験」

そこでの最初の仕事は、Illustratorを使った地図の作成でした。

とはいえ、当時の私はIllustratorを趣味で触ったことがある程度。
仕事として任されたものの、「どうしよう」と大いに焦りました。
大急ぎで本屋へ駆け込み、購入した参考書籍を見ながら、なんとか無事に納品することができました。

これが、私にとって最初の「冷や汗体験」です。

その後は、バナー制作や画像編集の仕事を担当するようになり、やがてWebサイトのデザインも任せてもらえるようになりました。
そこでも仕事はいつもあるわけではなかったので、それだけでは十分な収入にはなりません。
そこで、名刺用の似顔絵制作の仕事にも応募し、その収入とあわせて扶養内でパートに出るのと同程度の収入を得られるようになりました。

さらに、趣味のサイトを通じて知り合った女性から声をかけてもらい、一緒にWeb制作の仕事にも携わりました。
彼女がコーディング、旦那さんがプログラミング、そして私がWebデザインを担当するというチームです。小規模ながら、いくつかのWebサイト制作を手がけました。

その仕事では、クライアント企業へ直接訪問し、打ち合わせから制作、納品後のフォローまで一通り経験する機会にも恵まれました。
何もかも初めてのことで、試行錯誤の連続でしたが、チームで力を合わせ、一つのサイトを形にしていく過程はとても楽しく、大きなやりがいを感じました。

また、普段の生活ではまず接することのない企業の社長さんから直接お話を伺ったり、消極的だった私がさまざまな業界の方々と知り合ったりする中で、自分の世界が少しずつ広がっていきました。

そうした経験を重ねて、私はますますWebの世界にはまっていきました。

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