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【第1回】中原 真知子さん(おとな暮らし+代表)

「私らしく、伴走する」――20年のキャリアを経て見つけた、新しい景色の描き方

記念すべきインタビュー連載の第一回目は、私と一緒にこのメディアを作っている大切なパートナー、中原さんです。

普段は一番近くで一緒に仕事をしているけれど、彼女が20年のキャリアを経て「今、なぜこの道を選んだのか」ということについて、改めてじっくり聞いてみました。

管理職としての葛藤や、双子育児の壮絶な毎日、そして「プライドを捨てて見えた景色」まで。気心の知れた私にだからこそ話してくれた、等身大の言葉たち。

同じように人生の新しいステージに立つ方へ、勇気のお裾分けができれば嬉しいです。

Interviewer 中原
Interviewee

中原 真知子 なかはら まちこ

Webクリエイター・「おとな暮らし+」主宰

美術大学卒業後、グラフィックデザインとWeb制作の領域で20年のキャリアを歩む。マネジメントリーダーとして多くのプロジェクトを率いた経験を経て、2024年より「一社と深く、体温の伝わる距離で伴走したい」という想いから独立。

現在は、ブランド戦略からWebデザインまでを一貫して担いながら、これからの人生を見つめ直す人の「リスタート」を応援するメディアを運営。双子育児と仕事の両立を乗り越えてきた経験を糧に、等身大の言葉で「自分らしい生き方」を発信している。

肩書きを脱いで、見えてきたもの

―― 中原さんは、長くチームを率いるリーダーとして走り続けてきたんですよね。ふと「一社と深く、手をつなぐように働きたい」と思ったのは、どんな瞬間でしたか?

中原: 大きな組織にいると、どうしても「会社の方向性」を優先しなければならない場面があります。でも、私はひとつの会社、ひとつのお客様ともっと深く関わりたかった。目の前の方に対して、どこまでも「一生懸命でありたい」と願う場所で働きたかったんです。

―― リーダーとして充実していた反面、現場との「距離感」にジレンマがあったのでしょうか。

中原: そうですね。チームリーダーの仕事も楽しかったのですが、お客様の思いを表面上で聞くだけではダメなんです。もっと深くそのサービスを知り、本質を理解しなければ、本当の意味での「制作」はできない。そのことに耐えられなくなったというか……「この先もこれでいいのか」と自問自答したのがきっかけでした。

「フリーランス」という選択と、繋がっていた縁

―― とはいえ、次の仕事をはっきり決めないまま会社を辞めたんですよね。収入が途絶えることへの不安はなかったですか?

中原: もちろん不安はありましたが、次を決めずに辞めたことで、ゆっくり休んでいる時間なんてない、毎月これまでと同じくらいは稼がないと……という切実な思いはありました。正直、その時は無我夢中だったのであまり覚えてないんですよ(笑)。でも、不思議と「なんとかなる」という予感もありましたね。

―― 具体的に、退職を決めたあとに起こしたアクションは?

中原: まずは、ずっとサポートしてくれていた地元の友人たちに「独立する」と宣言しました。すると「やっと決めたの?」と背中を押してもらえて。それから、年齢層も幅広い「起業塾」にも飛び込みました。周りの熱量に刺激を受けましたし、何より「プライドを捨てる」ことができたのが大きかったです。

―― 「プライドを捨てる」とは、具体的にどのような感覚だったのでしょうか。

中原: キャリアがあるからとお高くとまらず、素直に「今、困っている」と伝えて回ったんです。すると、前職の繋がりやカメラマンの友人、起業塾の仲間から次々と仕事の話をいただけるようになりました。「頑張ってきたのだから、自信を持っていいんだよ」と言ってもらえたことも、大きな支えになりましたね。

双子育児と仕事、模索し続けた日々

―― キャリアの中には、双子のお子さんの育児と仕事の両立という、壮絶な時期もあったと伺いました。

中原: 当時は、外に出られないことが本当につらくて。子どもが寝ている隙間に在宅でデザインの仕事をしたり、一人は昼、一人は夜にお風呂に入れたりと、文字通り必死でした。

生活のリズムが他の方とは全く違ったので、一人のお子さんを育てているママさんたちとは、なかなか馴染めなかったんです。買い物も夜中に行くような生活でしたから。「大変」の次元が周りと共有できない孤独感はありましたね。

―― そんな中、どのようにして「自分らしい働き方」を再開されたのでしょうか。

中原: 同じ境遇の人が集まる双子サークルで、「完璧じゃなくていいんだよ」と言ってもらえたことが大きな転換点でした。そこから少しずつ気持ちが外に向き、子供が2歳のときに保育園に預ける決断をして。

そんな私を「デザインができるなら」と面白がって声をかけてくれる方たちがいました。周りの理解に助けられながら、一歩ずつ社会との接点を取り戻していった感覚です。

「数字」よりも「手触り感」のある仕事を求めて

―― その後、立ち上げにも関わり、8年も勤めた会社を離れた、一番の理由はなんだったのでしょうか?

中原: もともとは、4人のフリーランスの集団から始まった場所でした。車で1時間かけて通勤していましたが、全く苦にならないほど、立ち上げ当時の活動は楽しかったんです。ただ、会社として大きくなり、人が増えていくにつれて、少しずつ空気が変わっていきました。

ECサイトの運営がメインになり、数字や効率が最優先される。誰が悪いというわけではないのですが、組織としての責任が重くなるほど、私が大切にしたかった「お客様との距離感」が遠くなっていくように感じたんです。

―― なるほど。組織の成長と、中原さんが目指す「手触り感」のある仕事に、ズレが生じてきたのですね。

中原: そうですね。自分の目指す方向性と少しずつ違ってきた。その違和感に蓋をせず、今はニッチな商品を扱う企業様に、一対一で向き合っています。
「時間の縛り」ではなく「成果と信頼」で結ばれる。この「手触り感」のある働き方が、今の私には一番合っているのだと感じます。

未来の自分、そして迷っているあなたへ

―― 2024年、新しいスタートを切った自分自身に、今、どんな言葉をかけてあげたいですか?

中原: 若い頃の私なら「今の環境でもっと頑張れ」と言ったかもしれません。でも今は、「自分らしさを見つけるために、一歩踏み出してよかったね」と言ってあげたいです。

―― 最後に、何かを始めたいけれど、年齢を理由に迷っている方へメッセージをお願いします。

中原: 確かに、現場のスキルでは若い人にはかなわないこともたくさんあるし、年齢を理由に躊躇してしまう気持ちも痛いほどわかります。

でも、もし今の環境に不満があるのなら、愚痴を言っているだけではもったいないと思うんです。不満を抱えながらそこに留まるよりも、思い切って一度、外へ飛び出してみたらいい。私自身、一歩飛び出さなければ今の景色は見られませんでしたから。

一歩踏み出してみれば、「何をあんなに悩んでいたんだろう?」と笑える日が必ず来ます。
自分が自分らしくあるために、まずはやってみる。
今は、それを体験できる素晴らしい時間が、目の前に広がっています。「年齢」という枠を外した先に、きっと新しい自分らしさが見つかるはず!

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