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パスワードで困るはずのデジタル遺産、うちは“開けてしまった”話

パソコンの中に残っていた、父の足跡

minako

デジタル遺産というと、まず思い浮かぶのは「パスワードがわからなくて開けない」「中身を確認できずに困る」といった話かもしれません。実際、そういうトラブルはよく耳にします。

けれど、わが家の場合は少し違っていました。

昭和の俺様親父とパソコン


父は、いわゆる典型的な“昭和の俺様親父”。家族に弱みを見せることも少なく、子育てはほぼ母に丸投げ。どちらかといえば距離のある存在でした。

そんな父がパソコンを使い始めたのは退職後、高齢になってから。市のパソコン講座に通い、年賀状を作るために覚えたのがきっかけです。

とはいえ、買い替えやトラブル対応まではできず、「ちょっと来てくれ」と呼び出されるのはいつも私でした。だからログインできない、ということは一度もありません。もちろんパスワードも設定してなく、いつでも「中を見ることができる」状態でした。

パソコン整理で見つけたもの

父が亡くなったあと、家の建て替えのため、そのパソコンを整理することになりました。

特別な期待があったわけではありません。ただの作業のつもりで開いたパソコンでしたが、そこで目に入ったのが、ワードでつけられた日記です。それも1年や2年ではなく、5年分。

唐突に赤文字になっていたり、改行も、文字の大きさも何もかもバラバラで、読みづらいことこの上ない状態でしたが、几帳面に1日も欠かさずつけていたようです。

ほぼ1行におさまるひとこと日記でしたが、5年分ともなると相当な量でした。なんとなく開いたその日記を、気がつけば夢中で読み進めていました。

日記の中にいた「もう一人の父」

日記の始まりは、父が胃がんの摘出手術をしてしばらくしてからでした。日々の出来事や体調のこと、ときには小さな愚痴。

思わず笑ってしまうような一文もあれば、「あと何年生きられるかな」など、「そんなふうに考えていたのか」と立ち止まるところもある。

生前、面と向かって聞いたことのない言葉や気持ちが、そこにはそのまま残っていました。

父のことは分かっているつもりでした。でも、本当にそうだったのかと少しだけ考えが揺らぎます。パソコンの中にあったのは、家族の前ではあまり見せなかった“もう一人の父”でした。

フォルダから見えた晩年の楽しみ

日記だけではありません。

フォルダをたどっていくと、「料理」とだけ名付けられた料理画像のフォルダがありました。父は胃がんで全摘手術を受けていますが、それでも食べることへの関心を失っていなかったことが、そのフォルダから伝わってきました。

2度と口にすることのない、おいしそうな料理の写真を一枚一枚見ながら、少しおかしくて、少し切ない気持ちになりました。

また、パソコンで対戦麻雀などのゲームをするのが晩年の楽しみだったようです。父の部屋は2階でしたが、降りてくるのはご飯の時ぐらい。あとは寝てるかパソコンです。

母は不満気でしたが、あの時間が父にとってどんな意味を持っていたのか、今になって少し想像できる気がしました。

整理しきれないものが残る理由

父が入院先で亡くなったあと、私はその日記データだけを自分のパソコンに移しましたが、結局、本体は処分しきれず屋根裏に残しています。

デジタル遺産という言葉は、どこか「整理すべきもの」「片付けるもの」という響きを持っています。でも実際に向き合ってみると、それは単なるデータではなく、その人が過ごしてきた時間そのもののようにも感じられました。

きれいに整理することが正解なのか、それとも少し曖昧なまま残しておくことに意味があるのか。今でも答えは出ていません。
ただひとつ言えるのは、あのパソコンを開いたことで、私は父のことを少しだけ深く知ることができた、ということです。

日記の中に、「草大福が食べたいなあ」という一文がありました。

それを読んだ帰り道、なんとなくそのままにしておけなくて、草大福を買って帰り、仏壇に供えました。

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